町内会イメージキャラクターとして 6年間も活動していると、街で声をかけられることも多い。 一流芸能人のたしなみとして、 私はそんなファンの方々へのサービス精神を忘れない。 握手やサイン、写真撮影を求められる度に、 私は真摯な態度で接してきた。 しかし今日声をかけてきたファンは、 ちょっといままで会ったことのないタイプだった。 「ナッツさんですよね? 私の赤ちゃん抱っこしてください」 そう言って、黄色いウサギのぬいぐるみを 喉元にぐいぐい押しつけてくる。 「これ、ぬいぐるみですよね……?」 「生まれて6ヵ月なんです。もうハイハイもできるし、 ひとりで電車にも乗れるんですよ」 最初は私をからかっているのかとも思った。 しかしこの濁りのない白目は 嘘をついている男の目ではない。 この男は本気だ。 こうなると、もはや男と男の真剣勝負。 私はぬいぐるみを抱き上げ、高い高いをしたり 顔を近づけてあやしたり、オムツの心配をしてみせた。 すべて全力で。 私はぬいぐるみに付着したハウスダストを吸い込むと アレルギーで唇が腫れあがるのだが、 この際そんなことにかまっていられない。 男は深々と礼をすると、 「これからも母ひとり子ひとり、 がんばって生きていきます」 というような意味合いの言葉を呟いて去っていった。 人それぞれ、様々な十字架を背負って生きている。 私のファンサービスが、彼の十字架を少しでも 軽くすることができたとしたら幸いだ。 腫れあがった唇にマキロンを塗りながら、 今日はこの辺で横になることにする。
2010年1月22日金曜日
男一匹シングルマザー
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